要約
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という言葉は、フランス王妃マリー・アントワネットの発言として広く知られていますが、実際には彼女が言ったという証拠はありません。この言葉はジャン=ジャック・ルソーの著作『告白』に登場する別の高貴な女性のものとされており、アントワネットがこのような言葉を発した史料は存在しません。この記事では、歴史的誤解がなぜ生まれたのか、そして彼女がどのような人物だったのかを解説します。
ミホとケンの対話

ねえケン、”ケーキを食べればいいじゃない”って誰の言葉か知ってる?

うん、それマリー・アントワネットでしょ?パンがなくなったからそう言ったんだよね?

実はね、それが“事実じゃない”って知ってた?

えっ!? でも教科書とかにも載ってた気がするけど…

その言葉、初出はジャン=ジャック・ルソーの『告白』って本なの。1765年ごろに書かれたのよ。

え、ルソーって啓蒙思想の人?そんな昔に?

そう。そしてその時、アントワネットはまだ9歳。しかもフランスにすら来てない頃だったの。

ってことは…その時点で、言ってないの確定じゃん!

その通り。でも後になって1843年に、ある作家が“この言葉はアントワネットが言った”って風刺雑誌に書いたの。

えぇ…じゃあ勝手に言ったことにされたのかぁ…かわいそう。

しかも当時のフランスでは、パンが生活の命綱。ブリオッシュなんて高級品だし、そんなこと言ったら反感買うのも当然よね。

でも、アントワネットって浪費家だったんでしょ?

確かに派手な生活はしてたけど、貧しい人を助ける手紙も残ってるの。実は慈善活動もしてたのよ。

マジで?印象と全然違う…

しかも、“小麦粉戦争”って暴動が起きた時、彼女はオーストリアの家族に“人々のためにもっと働くべき”って書いてるの。

なんか、ちゃんと考えてたんだね…!

でも、外国人で王妃で贅沢好きっていう印象が先行しちゃって、革命のプロパガンダで悪役にされちゃったの。

ひどいなー、まさに“スケープゴート”ってやつだ!

うまく言ったね。そのイメージが強くなって、現代まで“Let them eat cake”が彼女のセリフになっちゃった。

あー、クイーンの曲にも出てくるやつだよね!

そうそう。あと日本の漫画やゲームでも、“パンがなければ?”って台詞、よく使われてるよね。

でもさ、それだけ“アントワネット=傲慢な女王”って印象が浸透してるってことか…

だからこそ、事実を知っておくのって大事よ。イメージだけで歴史を語っちゃいけないの。

ごめん、僕、完璧に誤解してた…
さらに詳しく

マリー・アントワネット
ルソーの『告白』に登場する「ブリオッシュ」発言
ジャン=ジャック・ルソーの著書『告白(Les Confessions)』第6巻には、次のような記述があります。
Enfin je me rappelai le pis-aller d’une grande princesse à qui l’on disait que les paysans n’avaient pas de pain, et qui répondit : Qu’ils mangent de la brioche.
これは、「百姓にパンがないと聞かされたある高貴な女性が、“ではブリオッシュを食べればいい”と答えた」という逸話です。
この一文は1765年ごろに執筆されたとされており、この時マリー・アントワネットはまだ9歳。フランスにすら来ていない時期でした。つまり、この時点で彼女が発言したという可能性は明確に否定されます。
「パンがなければお菓子を」発言がアントワネットに結びついた経緯
風刺とプロパガンダの力
この言葉がマリー・アントワネットのものとされたのは、フランス革命から50年以上後の1843年。作家アルフォンス・カールが風刺雑誌『Les Guêpes(雀蜂)』で紹介したことがきっかけです。
19世紀当時のヨーロッパでは、貴族的価値観への批判や王政に対する反感が高まっていました。アントワネットの名はその象徴として利用され、「赤字夫人(Madame Déficit)」とまで呼ばれるほど、浪費家のイメージが固定化されていきました。
パンとブリオッシュの意味の違い
ここで重要なのが、ブリオッシュ(brioche)という言葉の意味です。これは単なるパンではなく、卵やバターをふんだんに使った菓子パンで、当時は庶民には手の届かない高級品でした。
飢饉に苦しむ農民に「ブリオッシュを食べなさい」と言うのは、無知で傲慢な特権階級を象徴するにふさわしい言葉として、反王政プロパガンダにぴったりだったのです。
実際のマリー・アントワネットの人物像
マリー・アントワネットは確かに派手な宮廷生活を送りましたが、記録によれば慈善活動や子どもたちの教育にも力を注いでいた人物でした。
特に1775年の「小麦粉戦争(La guerre des farines)」の際には、オーストリアの母マリア・テレジアに宛てて、「人々の苦しみを見ていると胸が痛みます」と記しています。これは、彼女が庶民の暮らしに対して無関心であったという評価とは明らかに矛盾します。
なぜ彼女がターゲットにされたのか
外国人・女性・王妃という条件
マリー・アントワネットはオーストリア出身であり、敵国出身の王妃として常に偏見の目で見られていました。さらに、浪費家とされたポリニャック夫人などの取り巻きを重用し、伝統的な宮廷文化を軽視するような言動が、保守派や革命派の反感を買いました。
このような背景の中、彼女がフランスの混乱や貧困の象徴として「便利に利用された」ことは否定できません。
文化的・言語的な定着
「Let them eat cake」という英語表現は、英語圏では現在でも傲慢さや現実離れした支配者を象徴する慣用句となっています。
日本でも「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」というフレーズは、漫画やアニメ、小説で傲慢なお姫様キャラの定番セリフとして用いられるなど、史実とは無関係に一人歩きしているのが現状です。
歴史は“真実”だけで作られるわけではない
歴史的な印象は、時代背景・政治的意図・文化的象徴によって大きく変わります。マリー・アントワネットの「ケーキ発言」もその一例であり、史料に裏付けられた事実よりも、象徴としての“物語”が定着してしまったケースといえるでしょう。
まとめ
「ケーキを食べればいいじゃない」というフレーズは、マリー・アントワネットの発言として広く誤解されていますが、史料的な裏付けはなく、ルソーの著作に登場する匿名の高貴な女性の言葉が元になっています。後世のプロパガンダや風刺により、浪費家の王妃としてのイメージが強調され、現在でも象徴的に語られているだけで、彼女の実像とは異なるものであることが明らかです。
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